スペインの扉で社会的、特に政治的なことについて触れる事はあまり考えていなかったのですが、今回の選挙は一人のマドリード市民としてとても注目しており、かつ重要性が高いため、完全番外編、自分への備忘録として記録しておくことにしました。あくまでも筆者個人が理解している範囲のコメントであり、専門家の解説ではありませんことをあらかじめ申し上げておきます。
2021年5月4日 マドリード州知事選
事の発端は去る3月10日。当時のマドリード州知事であったイサベル・ディアス・アユソ氏(所属-PP党)に対する不信任動議がPSOE党(スペイン社会労働党)とMas Madrid党により提出されたのですが、PPの情報収集力(?)が物を言いったのか、不信任案が提出するわずか40分ほど以前に州知事議会解散、5月4日に再選挙開催をすると発表していたのでした。その結果、不信任動議は無効となり、5月4日に再選挙が開催となったわけです。
1995年からずっと現在まで26年に渡りPP党が選挙を勝ち続け、マドリード州の実権と握り続けています。州知事の任期は4年間。4年ごとに開催される選挙により知事が選出されますが、アユソ氏は2019年8月に就任しているので、その任期はまだ2年以上残っていました。
2021年の5月現在のスペイン政府はPSEO(社会労働党)の統治で、首相はPedro Sanchez(ペドロ・サンチェス)氏。PSOEは左翼寄りの政党であるのに対して、PP(スペイン国民党)は右翼寄り思想の政党。敵対する2大政党が権力争いをしている間に、新型コロナウィルスのパンデミックに国が襲われます。未曾有の事態に中央政府はもちろん、各自治州もそれぞれが感染防止対策について主張や要求を繰り返し、意見の不一致が度重なり、この1年の国会中継は本当に各政党議員のののしりあい、やじりあい、まるでそれは醜悪な茶番劇のような、非常に幼稚な国会が繰り返されてきました。ところがここ10年ほど前から、政党間の争いはこの2政党間だけではなく、極右翼と急進左翼の政党ができたころからどんどんは激しくなってきました。アユソ氏が自ら議会を解散し再選挙を選んだ背景には、近年のスペイン政党勢力のさらなる分断化、弱体化、世代の変化などが大きく影響していると思います。
マドリード州議会選 立候補者
5月4日に開催される州議会選には以下6党から出馬しています。
PSOE(社会党労働党)- Angel Gabilondo(アンヘル・ガビロンド)氏
現スペイン政府ペドロ・サンチェス首相(一部の人の間ではEL Guapo、男前、ハンサム、美男子と呼ばれている)率いるスペイン2大政党。サンチェス首相といえば、2018年に前スペイン首相ラホイ氏(PP党所属)に対する内閣不信任決議案が可決したおよそ一週間後の投票によりPSOE所属のサンチェス氏が任命され、2019年の内閣総選挙ではPSOEが勝利するも、サンチェスを首相にするかどうかという信任議会が2度に渡り開催され、ようやく首相に着任したという背景があります。それも2014年に新政党として誕生したPodemos(急進左派)党のリーダー、Pablo Iglesias氏を副首相とする連立政権として、やっと首相になれたほどなので、いかにスペインの世論、政党がここ数年で分裂、混乱しているかがわかります。
今回の立候補者、ガビロンド氏は大学教授であり、彼のお兄さんは超有名でカリスマ性の高い社会派新聞記者、ニュースキャスターでもあるため、知識階層や特にマドリードで学んだ学生にも認知度が高いというアドバンテージもある人物。キャンペーンレターの文面には、他の政党のへの攻撃性は一切なく、理路整然と、思慮深いトーンで公約が綴られており、彼の人柄を表しています。ひいき目に見ても、誰が見ても、この人が人として一番まともであるには間違いないと思います。
VOX党(ボックス)- Rocio Monasterio(ロシオ・モナステリオ)氏
過去10年の間に、スペイン政党勢力はますます分離していく中、元はPP所属の政治家としてすでにバスク地方、マドリードで活動していたJose Abascal氏(ビルバオ出身)が2013年に離党、極右政党のVOX党を作り、勢力を強めていきます。もともとはラホイ政権(PP)の時代の社会保守主義を主張する議員達の集まりでしたが、PPに投票をしている右寄り思想の市民でありながら、PPに不満や物足りなさを抱く市民の投票を得るために生まれた勢力であるため、PPとの相性は当然よくありません。
VOXのキャンペーンレターはモナステリオ氏と創立者のアバルカス氏の二人が投票者に「Compatriota(同志)よ」と呼びかけています。彼らは創立以来「スペイン国民のための政治を」という姿勢で、堂々と他を排除する過激な発言(例えば移民を排除するようなことを揶揄する。いわゆるエクスクルーシブ、ネオナチ的な発言)さえ繰り返してきました。アメリカの元大統領のスケールの小さい版という感じがいたします。個人的に筆者も移民ですから、21世紀のスペインでcompatriotaという言葉に親和性を感じる人は極々マイナーであって欲しいものです。
ちなみ、州議会には136の議席があるのですが、VOXの衆議院議員候補リストの一番最後(つまり136人目)に党首のアバスカル氏の名前がありました。非常に興味深くかつ見逃せない点ですね。何を企んでいるのでしょうか。
Unidas Podemos党(ウニダス・ポデモス)- Pablo Iglesias(パブロ・イグレシアス)氏
ウニダス・ポデモスはカタルーニャとガリシアを除き、スペイン全国の左翼政党が共同で選挙活動を行う政治団体で、2019年に正式に認可されました。イグレシアス氏の後任としてスペイン副首相となったYolanda Diaz(ジョランダ・ディアス)氏とAlberto Garzon(アルベルト・ガルソン-Izquierda Unida党)の2人の党首と、イグレシアス氏が2014年に立ち上げたPodemos(ポデモスー急進左翼)党が共同運営しています。ウニダス・ポデモス党は政党誕生以来、あらゆる場面で右からバッシングの嵐。理由はもちろん政治的概念の違いとは言え、特にPodemos(のイグレシアス氏)がPPとVOXの天敵であり、表立った場での発言はイグレシアス氏が行うことが多いことが理由だと想像できます。一言で言ってしまえば、汚職報道、幹部職の有罪判決などが後を絶たない右側政権にとって、痛くもない腹を急進派左翼のイグレシアスに嗅ぎまわられてはたまらない、ということですね。今回の選挙キャンペーン開始直後、イグレシアス氏の自宅には4つの銃弾とともに殺害をほのめかす脅迫状が送られきたと報道され、大変な話題となりました。当然の事ながら、この事件は郵便局の安全対策への不信感とともに、職員への汚職疑惑が国民の頭をよぎることになりました。
こんな時でもデモクラシーの姿勢を崩さないイグレシアス氏。法とデモクラシーの理念を両手に、公金を有効に利用し、市民の権利医療、教育、住居、労働、年金の改善のため、弱者のための多くの公約を掲げゴールへ向かって全力を注いでいます。マドリードはスペインの首都であり、政治のみならず経済、金融の中心。国際社会では時にスペインの他県を代弁する存在であり、スペイン政府と特別な共同政策をとることもある大変重要、かつ旨味のあるポスト。その重要さは現役のスペイン政府副首相であったイグレシア氏自らが、副首相職を辞職してまでマドリード州知事選に出馬したことから容易にうかがえます。
もしかするとその背景には「右(PPとVOXとCIUDADANOS)は今完全に仲たがいしている。マドリードを左側に取り戻すには、左側の勢力を結束できる今しかない!そのためにパブロ、君が出陣を取れ。」的な会話がサンチェスとイグレシアスの間であったかどうかはわかりませんが、「(右翼政権が長期化してしまったがために腐敗し、社会的サービスが低下し続けている)マドリードには左翼政権が必要で、それには自分が役に立つ」といってイグレシアス氏自ら出馬の意思をサンチェスに伝えたと言われています。
Ciudadanos(シウダダノス)党- Edmundo Bal(エドゥムンド・バル)氏
シウダダノスはカタルーニャに拠点を据え2006年に立ち上がった保守派右翼政党で、独立した政党でありながらも多くの場でPPに賛同し、よき「PPの子弟」のような力関係で勢力を増してきました。またカタルーニャに拠点がありながらも、カタルーニャ独立の動きには真っ向から反対し続ける姿勢を維持しているところも「生い立ち」が強く党の個性と理念に表れていると言えるでしょうか。
ここ1,2年で表面化し始めたシウダダノスのPP離れが、いよいよ決定的事実だと誰もが確信することとなったのが今回のマドリード州議会選です。なにしろマドリードの州議会の副州知事はシウダダノスの党員であったのですが、アユソ氏が突如八評した州議会解散については、シウダダノスの党首も知らされていなかったと報道されているので、PP側の焦りとシウダダノスをなおざりにするほどの関係であることが想像できます。
今回の選挙では、シウダダノスはこれまでのPPの連立政権に力添えする姿勢は一切見せず、キャリア弁護士であり、議論、口論を得意とするバル氏を立てたことは、市民党とも呼ばれるシウダダノス党の賢い人選だと感じています。結果、右でも左でもなく、かつ政治のことはよくわからないから、「一番適当な人」に投票しようかな、という中庸の市民へのアピールは抜群だと思います。
PP(Partido Popular パルティド・ポプラル)党- Isabel Diaz Ayuso(イサベル・ディアス・アユソ)氏
この方を一言で理解していただくためにはキャリアレターを見ればわかります。他の候補者がA4サイズのキャンペーンレター一杯(または両面)に思いを語っている一方で、アユソ氏のレターは彼女の上半身写真に添えて一言。
「LIBERTAD(自由)」
誰に、何に対しての自由?さっぱりわかりません。(もちろん皮肉です。)
Mas Madrid(マス・マドリード)党- Monica Garcia(モニカ・ガルシア)氏
マス・マドリードは元マドリード市長、マヌエラさんが立ち上げた新党で、完全社会派、急進左翼。
今回の選挙で政界デビューするガルシア氏には他の立候補者にはないアドバンテージがあります。それは無名であるがゆえに、他の候補者やその応援者たちからバッシングされにくいという事。それからパンデミアに苦しんだこの1年を、現場でみてきた現役の医師であること。そして政治不信の進む20~40代の若い世代にも親近感を抱いてもらいやすい子持ちのお母さんであることです。
「Hola. Cómo estas ?」というくだけた口調で語りかけるキャンペーンも、上から目線ではなく、一緒によくしていきましょう、という親近感を感じさせる、(政治経験はゼロの人の)身の丈にあった路線でいいと思います。マドリードの医療制度、教育制度の質の向上を軸に訴えています。ちなみに党の創立者マヌエラ・カルメナ・カストリージョ氏はスペイン最高裁判所の名誉判事を務めたキャリアウーマンで、マドリード市長として任務4年の間に、派手ではないが目に見える小さな正義と改善を市民にもたらしてくれたと、筆者個人では評価しています。彼女のスピリッツはガルシア氏にもきちんと受け継がれているようです。
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